プロジェクトマネージャー 松井 俊輔
ビジネスパースンの皆さんは、マイケル・ポーターの「競争戦略」や、F.W.ランチェスターの「ランチェスター戦略」など、有名なマーケット理論の名前を耳にしたことがあると思います。これらは「市場でいかに“勝つか”」を説く理論です。一方、市場全体が縮小していく、いわゆる「衰退産業」を対象としたマーケット理論としては、VRIO分析で知られるジェイ・バーニーが提唱した「企業戦略論」があります。これらはマーケティングの基礎理論で、私たち経営コンサルタントにとって「古典」の領域と言っても過言ではなく、今でも利用されるフレームワークです。そのため、ともすれば「衰退産業=撤退か縮小均衡」という図式に陥りがちですが、この「常識」が、必ずしも現代の正解とは言えない事例が、テレビ番組「がっちりマンデー」で紹介されていました。番組の内容としては、衰退産業と言われる分野でありながら、新しいイノベーションを取り入れることで、十分な売上と利益を確保して活躍する2つの企業が紹介されていました。
一つ目の事例は、京都府で養蚕ビジネスを再生させた「ながすな繭株式会社」です。かつて年間38万トンあった日本の繭生産量は、今やわずか38トン。ピーク時の1万分の1にまで激減しています。この絶望的とも思える状況下で、同社は2つの大きな発想転換を行いました。
まず、蚕の餌を伝統的な桑の葉から「人工飼料」に変更。これにより、天候に左右されないシルクの安定生産と効率化を実現し、生産量を年間4倍にまで引き上げました。次に「シルク素材=布」という固定観念を捨て、「ダイエット食品」や「ヘアケア用品」といった美容・健康分野に展開したのです。結果、製品単価は従来の4倍に。既存の資産(養蚕技術)の「用途」を大胆に再定義し、「生産量×単価」のダブル成長によって高収益を生み出す仕組みを作り上げました。
二つ目の事例は、徳島県で木炭産業に革新を起こした「株式会社四国の右下木の会社」です。炭づくりは、長年「職人の経験と勘」に頼ってきた世界。品質のばらつきや担い手不足、そして24時間体制の過酷な労働環境が業界の大きな課題でした。元IT企業出身の代表・吉田 基晴氏は、この属人的な炭づくり業界に「テクノロジー」を持ち込みます。
炭を焼く窯の煙突の先端に温度センサーを設置し、これまで熟練の職人が「煙の色や匂い」で判断していた窯の温度を、データで可視化できるリアルタイム監視システムを導入。このシステムのおかげで、名人並みの高品質な炭づくりを、誰でも「再現」できる仕組みを構築しました。
結果、同社が生産する炭の品質は劇的に安定し、販売単価はなんと10倍に。これは、職人技という暗黙知をデータ化・仕組み化(DX化)することで、24時間体制の過酷な労働環境まで改善し、製品をプレミアムブランドへと昇華させた見事な事例です。
両社に共通するのは、「いかにこれまでの常識を破り、新たなイノベーションを起こすか」という一点に尽きます。これは従来のマーケティングの基礎理論に、DXなどの技術革新を巧みに取り入れた「衰退産業での“新しい”生き残り戦略」と呼ぶべきものです。
既存の資産や技術を「別の使い道」で再定義する。職人技や属人的なノウハウを「データ化・仕組み化」する。こうした発想の転換こそが、縮小市場での大きな突破口になる好事例でしょう。
これらの事例は、業界や地域の垣根を越え、ここ新潟で日々奮闘する皆さんにとっても大きな気づきを与えてくれます。「うちの業界はもう古いから」「市場が縮小しているから」と、諦める前に取りかかれることはないでしょうか。
11月13日(木)~15日(土)の期間、新潟駅周辺で“イノベーションを感じるイベント”「日々是新」(ひびこれあらた)が開催されます。
「自分の業界には関係ない」と先入観を持つことほど、ビジネスチャンスを遠ざけるものはありません。衰退産業と呼ばれる分野でさえ、発想を変えれば成長の余地は十分にあるのです。ぜひこの機会に、新たなイノベーションのシャワーを浴び、自社や業界の「当たり前」を疑い、従来のビジネスモデルを考え直すきっかけとして活用されてみてはいかがでしょうか。
◇日々是新・公式HP
https://www.hibikorearata-niigata.com/
◇ながすな繭株式会社
https://www.nagasuna-mayu.jp/
◇株式会社四国の右下木の会社
https://treecompany.jp/