プロジェクトマネージャー 松井 俊輔
「仮説思考」という言葉を聞かれたことはありますか? 仮説思考とは、ある問題や状況に対して、まず「こうではないか」という予測(仮説)を立て、それを検証していくことで解決策を見出す思考法です。研究者が実験で使っている方法論を、ビジネスに応用したものと言えるでしょう。
具体的には、以下のようなステップで進めます。
・問題や目標を明確にする
・現状を分析し、問題の原因や目標達成のための要因を考える
・「もしこうすれば、こうなるのではないか」という仮説を立てる
・その仮説を検証するための方法を考え、実行する
・結果を分析し、仮説が正しかったかどうかを判断する
・結果に基づいて、仮説を修正したり新たな仮説を立てたりする
例えば、飲食店で客数が伸び悩んでいるとします。この場合、最初の仮説として「メニューを変更すれば来店客が増えるのではないか」という問いを立てることができます。そして、実際に新メニューを導入し、来店客数の変化を観察します。結果が思わしくなければ、「外から店内を見やすくしてはどうか?」といった新たな仮説を立てて検証を続けていきます。
最近、東京大学の馬田氏が発表した「スタートアップの仮説思考・仮説思考入門」という資料を読む機会がありました。これまであった同種の資料とは一線を画す、具体的かつ丁寧な内容で、仮説思考を用いて事業をどのように進めていくべきかが明確に示されており、スタートアップ関連に限らず、非常に参考になる資料です。
仮説思考の利点は、漠然とした問題に対しても具体的なアクションを起こせることです。また、失敗を元に様々なアイデアを試すことができ、効率的に解決策を見つけられる可能性が高まります。
しかし、仮説思考にも注意すべき点があります。最も警戒すべきは「確証バイアス」です。これは、仮説を立てる際に注意を払わないと、自分に都合の良い情報や期待に合う情報ばかりを集めてしまうことです。米国・イェール大学の「確証バイアス」についての講義をまとめた「思考の穴」という書籍でも、「人は、知らず知らずのうちに確証バイアスを持ってしまう」と指摘されているように、仮説の立て方や検証方法を誤ると、自分の望む結論に誘導してしまう危険性があります。
顧客ニーズに関する仮説を立てる際の例が、確証バイアスに陥りやすい例としてわかりやすいので、いくつかご紹介します。
・「顧客は常により多くの機能を求めている」という仮説
この仮説に固執すると、製品やサービスの複雑化を招き、使いやすさや安定性といった基本的な価値を軽視してしまう可能性があります。実際に顧客が求めているのは、必要最小限の機能と心地よい使用感かもしれません。
・「若い世代の顧客はすべてデジタル志向である」という仮説
この仮説に基づいて行動すると、対面サービスや紙媒体のコミュニケーションを完全に排除してしまう恐れがあります。実際には、状況に応じてデジタルと従来の方法を使い分けたいと考える顧客が多いかもしれません。
・「顧客は常に安い価格を求めている」という仮説
この考えに固執すると、品質やサービスの低下を招き、結果的に顧客満足度の低下につながる可能性があります。適正な価格でほどほどの性能を持つ製品やサービスを求める顧客も多くいる、という例は往々にしてあります。
・「既存顧客は新しい製品やサービスに興味を持つ」という仮説
この仮説に基づいて行動すると、既存顧客のニーズを十分に理解せずに新製品を押し付けてしまう危険性があります。実際には、顧客は現在使用している製品やサービスに満足しており、変更を望んでいない可能性もあります。
・「顧客からのクレームがないのは満足している証拠である」という仮説
この考えに陥ると、積極的にお客様からの意見収集や改善活動を怠ってしまう可能性があります。実際には、不満を抱えていても言葉にしない顧客や、気づいていない潜在的なニーズを持つ顧客が多いかもしれません。
これらの例が示すように、顧客ニーズに関する仮説を立てる際は、自社の期待や願望を投影せずに、客観的なデータや多様な顧客の声に基づいて検証することが重要です。また、一つの仮説に固執せず、相反する仮説も同時に検討することで、より総合的に顧客を理解する事につながります
相反する複数の仮説を同時に検討する例として、「新商品Aは若者に人気が出る」という仮説と同時に、「新商品Aは若者には受け入れられない」という仮説も立てることが挙げられます。そして、両方の仮説を公平に検証していきます。
このアプローチを取ることで、より広い視野で情報を収集し、客観的な分析が可能になります。また、チーム内で異なる仮説を担当し、建設的な議論を行うことで、多角的な視点を養うこともできるでしょう。
仮説思考をビジネスに効果的に活かすための具体的な行動を、いくつか紹介します。
・日々の生活の中で見つけた仮説を記録しておく
毎日の業務や生活の中で気づいた仮説を、スマホや手帳にメモをしておき、適時、見直す。
・小さなテストを行ってみる
仮説を小さな規模で何度もテストしてみる。例えば、新しい商品アイデアがあれば、まず友人や家族に意見を聞いてみるなど、身近なところから始める。
・失敗した仮説の記録をつける
仮説が外れた場合、それを記録しておく。何が間違っていたのか、どんな学びがあったかを整理し、次につなげる。
・多様な情報源を活用する
普段読まない分野の本を読んだり、異なる背景を持つ人々と積極的に対話したりして、新しい視点を得るよう心がける。
これらの方法を日常的に実践することで、個人レベルで仮説思考力を高め、ビジネスにおいても効果的に活用できるようになるでしょう。
仮説思考は、正しく使えば非常に強力なツールとなります。ご紹介した取組み方法を参考にしていただき、皆さんのビジネスに仮説思考を取り入れてみてはいかがでしょうか。
仮説の立て方の場面で、IPCの相談窓口をご利用いただくのも大歓迎です。
◇スタートアップの仮説思考・仮説思考入門
https://speakerdeck.com/tumada/jia-shuo-si-kao-ru-men-sutatoatupufalsejia-shuo-si-kao-1
◇イェール大学集中講義 思考の穴
https://www.diamond.co.jp/book/9784478115756.html