プロジェクトマネージャー 松井 俊輔
NHKが放送した番組を、約1週間遡って見る事ができる「NHKプラス」。我が家にはレコーダーが無い事もあり、大変重宝しているサービスです。アーカイブに保存されていた「神田伯山の、これがわが社の黒歴史」で取り上げていた、バンダイ社のゲーム機の回が、「他社の失敗から学べる良い教材」でしたので、ご紹介します。
ここで取り上げられたバンダイ社の黒歴史は、1996年に発売された「ピピン アット マーク」というゲーム機事業の失敗例です(以下、ピピンと略します)。ゲーム好きの人でも、ほぼ知らない、または名前は聞いたことあるが、見たことや触ったことが無い、という人がほとんどのゲーム機ではないでしょうか?
それもそのはず、50万台生産したうち、売れたのはたった4万2千台。「世界で最も売れなかった」とすら言われているゲーム機です。そして、この事業でバンダイ社が受けた損失額は約270億円・・・。創業以来の経営危機に陥ってしまいます。ちなみに同じ頃に販売された他社のゲーム機の販売台数が、初代プレイステーション(1,941万台)、セガサターン(575万台)、Nintendo64(554万台)、なので、いかにピピンが売れなかったのかがわかります。
番組はピピン開発のきっかけから発売、そして、やることなすこと成功しない販売促進から販売中止までのストーリーを紹介します。バンダイ社のドル箱商品である「ガンプラ」を使いながら面白おかしく紹介するので、「バラエティ」として楽しめるように製作されていますが、紹介される数々の失敗は、ビジネスを行う上でのたくさんの教訓を与えてくれます。
これらの教訓を、マーケティングの分析でよく使われるフレームワーク「4P分析」を使い、「人のふり見て我がふり直せ」の視点で整理してみました。
〇Product(製品・サービス)
ゲーム機本体としては、当時の最先端PC並みの高いスペックを持つピピンですが、コンテンツを写し出す先は家庭用ブラウン管テレビ。メインコンテンツの一つとして用意されていた「年賀状作成ソフト」は、ブラウン管の表示品質では文字がにじんで読めず、使用に耐えなかったとのことです。単体で素晴らしい商品を開発しても、周辺機器まで含めて、全体でユーザーがスムーズに利用できる環境を整えられておらず、結果的に商品の良さを伝える事ができなかった、という事になります。
〇Price(価格・料金)
PC並みの高いスペックですから、本体価格64,800円という高価格での販売になります。ライバル機の価格、プレイステーション:39,800円、Nintendo64:25,000円、セガサターン:44,800円と比較すると、いかに高い価格設定だったかということがわかります。
インターネット、オンラインショッピング、3Dゲーム、音楽再生、ワープロなどなど、ライバル機が持っていない様々な機能を詰め込んだ仕様なので、高くても売れるだろう、という売り手目線の価格。そして、こんな高価格でも本体の販売のみではバンダイ社は赤字という値付けでした。
「消費者に受け入れられる価格か?」という目線を持たない価格設定が、市場や消費者に受け入れられるのは難しい、というのがわかる例です。
〇Place(流通・店舗)
当時のゲーム機は家電量販店で買うのが一般的でした。そのため、家電と同様、販売量に応じてメーカーから家電量販店に支払われる「キックバック制」を織り込んだ商取引が慣例となります。それに対してピピンは新たに、「デジタル・ディストリビュート・システム」という販売手法を立ち上げます。これは、家電量販店店頭には商品を置かず、お客さんからの注文が入ると、注文受付は量販店、商品は後日バンダイからお客さんの家に直接送る、という販売・流通手法です。
まず「キックバック制」を廃したために、販売店はピピンの販売を積極的に行ってくれません。そしてこの販売方法は、販売実績の情報がバンダイ社の営業部門しか知らない状態となり、実際にどれぐらい売れているのか? がリアルタイムで社内共有できない状況を招きます。
そのため、売上アップのテコ入れをどうするかという経営判断が、後手に回るという弊害にも繋がりました。
〇Promotion(販促・広告)
ピピンのコンセプトは、「インターネットをTVで見よう」。果たしてこれは、ゲーム機なのか? パソコンなのか? はたまた、これまで無かった新しい体験を創る商品なのか?パソコンユーザーからは「パソコンもどき」の格下の商品として、ゲームを楽しみたいユーザーからは遊びたいソフトが無いゲーム機として見られ、手に取る人が極端に少ないという結果になってしまいます。
「なんでもできる」というコンセプトは、消費者に「何ができるか?」「ピピンでしかできない事は?」を明確化できずに、結果的に「〇〇だからピピンを買いたい」という動機付けができなかった事になります。
2023年の私たちから見ると、現在スマホ、タブレットが担っているポジションをピピンは狙っていたのでは、と理解できる部分がありますが、まだインターネット黎明期で、インターネットで何ができるかが明確ではなかった1996年に登場したピピンは、時代を先取りしすぎていた、ということも販売不振の原因の一つです。
番組では、失敗の話が次々と続きますが、最後に救われるエピソードが2つ紹介されます。
1つ目は、ピピンの遺産が思わぬ形で、バンダイ社に新たなビジネスを生み出したことです。ピピンのオンラインサービスのために準備した大量のネットワークサーバー、ピピン販売終了後、使い道が無く負の遺産になっていました。しかし、1999年にサービス開始されたiモードのコンテンツ配信サーバーとして再利用することで、バンダイ社に莫大な利益を生み出すことになります。
2つ目は、ピピン事業の責任者だった宮河 恭夫氏が、この失敗で学んだという「消費者に受け入れられるためには、3歩先より半歩先」の経験を活かして、その後、ヒット作を作り続けるきっかけになったということです。他社との競争では、他社に先んじなければいけないが、3歩先では行き過ぎで消費者に理解されない。半歩先ぐらいの絶妙なバランスの先んじ方が重要だ、ということがわかります。
私はソフトウェア会社に勤務していた経験がありますが、その会社もピピンと同じように「時代を先取りしすぎた製品」を次々と出す会社でした。そしてピピンと同様、ヒットに繋がらず販売中止となります。
“自然言語検索“ソフトなど、今の時代にあれば広く受け入れられただろうに、という製品が少なくなかったので、バンダイ社のピピン事業は他人事とは思えないエピソードです。
「良い商品が売れるわけではない」。言い尽くされた言葉ですが、改めて商品作りの難しさを認識した事例でした。
「わが社の黒歴史」、今年7月から新シリーズが始まっています。ビジネスパーソンの皆様は、バラエティとして見るだけでなく、同じ失敗をしないための事例として、視聴されてはいかがでしょうか。
◇神田伯山の これがわが社の黒歴史